その後です。
チェスライト層になった、と言ってもどのくらいか。小学生-中学生でどのくらいのライト層か、という話。
チェスのルールはわかる、最初どの駒を動かすかわかる、定石の名前は聞いたことがあるが詳しくは知らない、チェスのYoutubeが流れてたら、スマホでLINEを追いつつ片目で見る。wifiがつながらない床屋の待合室で手持無沙汰、自分のスマホは充電切れ、親のスマホを借りて、オフラインでできるチェスの問題を解いて暇つぶし。
旅行先で、台風が来て、ホテルに足止め、電気も止まって缶詰めになってしまった。こんなコナンでありそうな設定があったとして、見知らぬ人が、「することないね。チェス盤あるからやってみる?」と言ってきたら、やるだろうな、という位。
反対に、そのぐらいじゃなきゃやらないかも、という気もします。親としては、それでも充分種蒔いたかな、と思っています。
当初やりたがった将棋はどうなった、というと・・
結局、マスターチェスから1年以内にマスター将棋も買いました。将棋のルールを覚え、ジージを相手にしたり、NHKの将棋中継を昼ごはんを食べながら見たり、将棋のニュースを見ておやつに興味を持ったり、軽いライト層にながら、彼なりに将棋を楽しめるように。
ところで、親がチョーナンを将棋教室に送り込むのを躊躇した「周りが上手いとヤル気がなくなる」という特徴。
「自分が客観的に見えている」という点はスバラシイですが、親としてはモドカシイ。例え、他に上手い子がいても、自分なりに成長していけばいいわけで、そこで身を引くと自分の成長をあきらめていることになる。そんなに社会全体における自らの相対評価みたいなことを気にしなくてもいいのに・・・と思ってしまいます。
もう一つ親として、難しいのはその「ヤル気がなくなる」態度が、必ずしも他の大人(ことに習い事の先生)から好意的に取られないこと。集中力がないように見えたり、ほかの子のことばかり見ているように見えたり。
先生には失礼であってはならない、という刷り込みがある大人としては苦手な状況です。でも、そこは、本当は親が気にせず、送り込む、っていうのも実は大切なのかな、と今子育てを振り返って、ちょっと後悔している点でもあります。
(敢えて言うなら、習い事の先生、そういうヤツも根底には、ひねくれた興味があるということで、薄目で見守って頂けるとうれしい(笑))
とは言え、とは言え、こういうタチって変わらないものですよね。チョーナンは10年ほど変わらずこのままです。
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